第14回
撮影:苗加和毅彦(1998年撮影)
海に足をひたし、踝をひたし、膝頭をひたし、ついには胸をひたし、ようやっと背が立つほどのところまで歩を進める頃には、ひたひたと身体を包む海水の恐ろしさにひとの声を失ったかのように視点がはるけく遠のいて、喉の奥底から魂を吐き出すほどの臆病さで幾度も叫んでみる。
いつぞやの夜は、浜にあげられた漁船の船底に横たわってゆきずりの女とあわただしく交わったあと、女の呼び止める声も聞かず海に胸乳まで入り、ざぶざふという暗い波音に聞き入っていた、一瞬、そのままの姿勢で深い眠りについてしまいそうになったのも海の魔力といっていい。
海は恵みでもあり闇でもある。命であり死である。誘惑であり拒絶である。
美川は、金沢の北西に位置する小さな町であり、町端のほとんどを海に接している。とりたてて特色もなく、海の色が町全体を一年中鈍色に覆っている。
もはややり直しが叶わぬという、ただただあふれんばかりの哀しさを棄てに来るのにこれほどふさわしい海はほかにあるものではないとおもうのは果たしてわたしだけであろうか。
白山市美川(旧美川町)
※掲載されている情報は、時間の経過により実際と異なる場合があります。(更新日:2019年5月27日)