第13回
撮影:苗加和毅彦(1999年撮影)
潮騒と醤油の香りが稠密に溢れる昼下がりの気怠い町角につくねんと座っていると、百年も生きたかに見える小さな姉弟が、ひとしきり強い視線で私を凝視めてきた。醤油蔵の昏い影が姉弟を黒々と覆うのを見るうちに、なにかしら不吉な予感に襲われた私はその場から逃げるように海へ続く細道へかけ込んだ。大野の海は春というには空が低く、冷たく澄みきった水の碧がゆるやかな波紋を突堤にからませているついそこで釣り舟が一艘静かに揺れ動いている。
金沢とは余程におもむきの異なる大野の町は日がな一日呆然と過ごすのに似つかわしい。海にも飽きず町にも飽きず、ひとの囁きと鴎の鋭い鳴き声のほかはなにも聞こえぬ町の角々に、高下駄を履き天狗の面を被った子供たちがカタンカタンと太鼓を打ち鳴らしているかに見えるは果たして私だけに見える幻影であろか。
新しいものがなにひとつ無いということはこれほどまでにひとの気持ちを落ち着かせるものか。さきほどの子供のひとりが味噌蔵の高い煙突の上にひょいと飛び乗り見事な逆立ちをしてみせた。私は涙があふれんばかりに大きな声で笑った。
金沢市大野町
※掲載されている情報は、時間の経過により実際と異なる場合があります。(更新日:2019年5月27日)