無農薬栽培の野菜や自家栽培のハーブを使った料理が特徴。レシピはなく、「感性のままに調理する」という加藤氏。味覚だけではなく視覚や嗅覚に訴えかけてくるその料理は、新鮮な感動を与え続ける。
料理は難しい。
経験も豊富、技術も確か、意欲も十分、それでいて、かんじんの料理はさほどでもないという例をよく目にする。
感動と感心の違い、とでもいおうか。
料理とは限らない。美容師であれ、バーテンダーであれ、カメラマンであれ、およそ何かを〈こしらえる〉職というものは、修練さえ積めば、多少の技術と経験が備わるものである。しかし、技術と経験だけでは、相手を感心させることはできても、感動をもたらす仕事はできない。
そこのところがまるでわかっていない下手な料理人が、やれ「どこそこの有名料亭にいた」とか「道場六三郎」のところで修業したなどという益体もない自慢をすることほどみっともないことはない。
フランス料理店『ラ・ネネグース』のオーナーシェフ加藤正行さんには、料理の達人であるとか、鉄人であるというような、粗忽な印象はまったくない。
いかにも恬淡としていて、しかも相当な照れ屋である。
「おいしい料理ってどういうものだろうと考えるんですよ。なにか方程式のようなものがあるのか、とか、絶対的な工夫があるのか、とかね。もしかしたら、それは自分の中の本能と密接に結びついているのかもしれない。そこで、たとえば、素材の選び方とか火の加減とか、あれやこれやをプラスしたりマイナスしたり、さまざまな方法を試してみるんですが、あ、これかな、と思った瞬間に、すうっと逃げていってしまったりするわけで、本当に今更ながら難しいですね。でも、まあ、そのぶん、日々の悔しさと面白さ、それに喜びがあるといえばいいかな」
金沢は土地柄もあるのだろう。どうしても和食のイメージが強く、フランス料理というと、やや敬遠される向きがある。
しかし、東京で二流はどこへ行っても二流でしかないように、金沢で一流は東京に行っても間違いなく一流なのである。とくに、『ラ・ネネグース』はフランス料理店としてだけでなく、一個の料理店としても突出した完成度があり、金沢に住み暮らすものとして、このことは望外の幸せといってよい。
「でも、なかなかね、フランス料理というだけで、お客様が身構えるというんですか、なにか特別な日のディナーにしか利用されないようなところがあって、その点が少し寂しいですね。もっと、普通に、食事を愉しむというスタンスで気軽に来てもらえればいいんですが」
地方のつらさ、といっていい。
東京だと、一流にも十分分厚い層があって、TPOに応じての使い分けができるが、金沢の場合、一流はせいぜい数軒しかなく、そのあとはどーんとランクが落ちてしまうだけに、一流店はすべて「ハレ」のときにしか利用してはいけないような不文律があるのである。
比較すべきものではないかもしれないが、東京の一流店はひと皿が数千円もする。前菜がふた皿にメインディッシュがひと皿、それにワインをいだけば優にひとり数万円というお値段である。料理人だけの責任ではないかもしれないが、それらの店の料理人の首根っこを掴んで、『ラ・ネネグース』の加藤さんの料理をぜひ食べさせてやりたい。昼なら2,850円から、夜でも5,040円からという安さでいただけるそれは、加藤さんの人柄そのままの、ひたすら優しく、ひたすら嬉しい、ほんとうの、本物の料理なのである。
筆者プロフィール
正岡順
エッセイスト。金沢市在住。料理、温泉、ホテルなどについて一家言あり。
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