『キャンティ』『ビノッキオ』『イ・ピゼッリ』『オステリア』、そして3年間のイタリア修業を経て、35歳で『ラ・ヴィータ』をオープンさせた。現地での経験が氏の料理の骨格となっている。
イタリアと東京で幅広く活躍するソプラノ歌手の森永一衣さんは、1年のうち6ヶ月はミラノで暮らすという生活が5年以上にもなるだけに、イタリア語も堪能ならイタリア料理にもすこぶる精通している。
来沢した際は、たいてい寿司店にご案内する決まりになっているが、あるとき、金沢のイタリア料理を食べようということになった。
最初はやや気乗りのしない様子であったが、料理がすすむうちに、俄然顔が紅潮しはじめた。
「なんということなの。こんなに美味しいイタリア料理はミラノにもないわよ」
私はすっかり面目をほどこした。と同時に、私自身もまた金沢のイタリア料理を見直すきっかけになった。
泉が丘にある『ラ・ヴィータ』にはよく行く。たいていカウンター席に座り、前菜をひと皿、それにパスタと魚料理で赤ワインを1本空けるというのが私の常の食べ方だが、その間、オーナーシェフの中森真吾さんとはせいぜいひとことかふたこと交わすだけで、これまでゆっくりと話したことはなかった。
実際、オープンキッチンの中での中森さんの動きには寸分の無駄もなく、その目配りの行き届いた仕事ぶりは見ているだけでも楽しい。
「イタリアに修業に行く前は、六本木の『キャンティ』で働いていました。あそこは、芸能人とか文化人とか、随分有名な方がいらっしゃるのですが、お客様とスタッフの関係がとってもフレンドリーなんですね。お互いを認め合っているとでもいえばいいでしょうか。それがとてもいい感じで、ぼくもそういう店作りをしたいというおもいがありました。オープンキッチンにしたのは、コスト面のこともありましたが、自分の仕事を見てもらいたいという気持ちと、自分もホールをしっかりと見ていたいという気持ちの両方からですね」
つまり、バランスよく、ですか、と言う私の問いかけに、中森さんも「あ、そうですね。バランスですね」とこたえて、はにかんだように笑った。
料理の基本は、「間」である。呼吸といってもよい。たとえコース料理であっても、やみくもに、次々と出されては、美味しいものも美味しくなくなってしまう。食べたいタイミングで、食べたいものが食べたい量だけ、すっと出されるというのが一番である。それには、気の利いたホール担当が必要だし、それが難しければ、『ラ・ヴィータ』のようにオープンキッチンにするほかない。
「でも、これでいいのだということではありません。本当はもっと自分のおもいどおりの店をやってみたいし、お客様の求めるものに応じた店をほかにも作りたいんです。別な言い方をすれば、シェフであるだけでなく、事業としてのレストラン経営をつかさどれるようにもなりたいという夢がありますね」
才能はさまざまである。
料理人として、ひたすら自らの料理を追求するひともいれば、もっとトータルに料理というものを捉え、そこで感取したことを、より広範な世界の、より広範な人々に伝えていきたいというひともいる。
中森真吾さんが幸せなのは、料理人として優れているだけでなく、後者の才能も併せ持っているところにある。したがって彼の目下最大の悩みは、自分が考えるところの料理の世界をいかにして具体化するかということにある。
「なにしろ、もう40歳ですからね。いまのままでは、まったく物足らないし、自分を奮い立たせるだけのエネルギーも足らない。それには、もっとこうしたい、もっとこうするんだというこのおもいをかたちにしていく一歩を踏み出さなければとおもうんですよ」
彼のものやわらかだが、力強く、少年のような輝かしい目を見ていると、いつの日か、金沢のイタリア料理が世界を席巻する日が来るのかもしれないと、私もまた中森さんと同じ彼方に、数瞬、目をやったのである。
筆者プロフィール
正岡順
エッセイスト。金沢市在住。料理、温泉、ホテルなどについて一家言あり。
リストランテ ラ・ヴィータ
- 石川県金沢市泉が丘2-6-32
- TEL 076-280-0802
- 休/月曜の夜、火曜
- 席/カウンター4席、テーブル16席、個室4席
- P/8台
- http://kanazawa-lavita.com/