金沢のお雑煮、ルーツは名古屋!? 石川県のお雑煮のあれこれ【金沢トリビア】
2024年11月11日(月) | テーマ/金沢の雑学

もうすぐお正月。今回はお正月に欠かせない「お雑煮」についてのトリビアです。
お雑煮と聞くとねじり梅のニンジンや、飾り切りしたシイタケ、鶏肉、ほうれん草など具沢山な印象を持つ人が多いそうですが、石川県金沢市のお雑煮は醤油ベース昆布出汁(もしくはするめ、鰹節なども出汁に使用)に、焼かない白い角餅のみ。飾りはふわっと鰹節、せいぜい彩りに結んだ三つ葉かセリ、細く切りの柚子の皮がのるくらいと、とてもシンプルなのです。
ちなみに石川県内でも、エリアごとにお雑煮に特色があるのもユニーク。
例えば、金沢のお隣野々市では細ネギを切らずに長いまま入れて長寿を願うそう。
また、能登方面では醤油ベースの出汁は一緒ですが、餅は丸餅。しかも、お野菜やアオサを入れる地域もあって、金沢と比べると具沢山。さらに、小松・加賀方面では丸餅を使うのが一般的だそうです。
一般的にお雑煮は東西で大きく異なります。関東は焼いた角餅&醤油仕立てのすまし汁、関西は焼かない丸餅&味噌仕立てで、どちらも具沢山です。
そして愛知県名古屋市。こちらは焼かない白い角餅と「餅菜」と呼ばれる尾張地域の伝統野菜だけのシンプルなお雑煮なのだそう。見た目が金沢のお雑煮とそっくりでした。そういえば、加賀藩祖・前田利家公は尾張出身。金沢のシンプル雑煮のルーツは、名古屋なのかもしれません。
そうそう、農林水産省の「うちの郷土料理」によると、愛知県名古屋市のシンプルな雑煮には3つの説があるそうです。
1つ目が尾張藩主の徳川宗春が豪華な食事を食べていたところ、将軍の徳川吉宗に叱られたという説
2つ目は、徳川家康から続く、質素倹約の武士文化が今でも受け継がれているという説
3つ目は「名を(もち)上げる」「名(名古屋)を(もち)上げる」の縁起担ぎとして、餅と菜をかけたという説
お雑煮一つでいろんなトリビアを楽しめるのが面白いですね。
出典:農林水産省の「うちの郷土料理」
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