【農援ラボ|にちにち好日】日本の未来を守るため、自然栽培を当たり前の世の中に
2025年1月8日(水) | テーマ/エトセトラ
「知っていますか? 自然栽培の農作物の国内流通量は、全体のたった0.1%しかないんです。99%以上が農薬や化学肥料を導入する慣行栽培。それはそれで必要なものですが、慣行栽培で用いる化学肥料のほとんどは外国からの輸入に頼っています。もし輸入がストップしたら食料がつくれない。そんな国の状況を僕は危険やと思うんです」
農業人口の減少の話題から農業の現状について話が及ぶと、長谷川琢磨さんはそう言って少し語気を強めた。
石川県加賀市を拠点とする「株式会社にちにち好日」は、2021年に長谷川さんが新規就農に伴って設立した会社だ。長谷川さんは大手人材企業出身。営業マンや経営企画のマネジャーとしてキャリアを積み、東京や大阪などの大都市圏で、大手企業の経営者を相手に利益最大化の戦略を提案する日々を送っていたという。
「『いまだけ金だけ自分だけ』という現代社会のありようを言い当てた言葉がありますけど、まさにそんな感じでした」と長谷川さん。自身の置かれた状況に違和感を覚えるようになったのは、コロナ禍がきっかけだった。いま世界では何が起こっているのか。何が正しいのか。未来のために自分は何をすべきなのか――。「加賀市で農業をやりたい人を募集している」という話に巡り合ったのは、長谷川さんがちょうど新しい生き方を模索し始めたタイミングだった。
農地も資金もなかったが、幸いにして農業を教えてくれる人だけは用意があった。それは和歌山県で自然農法を実践する橋本自然農苑の橋本進氏。「師匠の手掛けた夏野菜を初めて食べたとき、あまりの美味しさに衝撃が走って」と長谷川さん。橋本さんとの出会いは、長谷川さんの農業の方向性をすべからく決定付けた。
師匠にならい、まず取り組んだのは野菜づくり。自然栽培といっても、種をまいて放っておけば勝手に育つ、ということでは当然ない。自生できるのは、わさびやうどなどの日本原産の野菜だけ。たとえば日本人にもおなじみのジャガイモやトマトはアンデス原産、キャベツはヨーロッパ原産といったように、本来は育つ環境が全く違うのだ。
「それらが日本の気候で安定的に栽培できるのは、それだけの“手入れ”をしているから。自然栽培ではその手入れの部分を自然の力学を用いて実現しているわけで、自然の摂理を知るというところから始めなくてはいけない。そこが自然栽培と一般的な栽培法との違いになります」
初年度の野菜づくりは順風だったが、「たまたまの要素も大きかった」と翌年に収量は減少。経験不足とともに痛感することとなったのは北陸の気候の難しさだった。特に日照時間が極端に少ない冬は自然栽培には不向きで、つくれども収益化は遠のくばかり。そうした経緯で、にちにち好日は3年目にして、より北陸の気候に合った米づくりを本格化させていくこととなった。
「自然栽培米は、理論上は水の力だけで一反(10a)あたり4俵(240kg)が収穫できるんです」と長谷川さん。反収9俵(540kg)とされる慣行栽培には及ばないが、にちにち好日では工夫により反収6俵(360kg)を実現しているという。その工夫のひとつが自家採種。前年の種もみを次年の作付けに使用し、より環境に適した生命力の強い品種を栽培しているのだ。
そしてもうひとつ、収量の行方を大きく左右するのが雑草対策だ。「生えた雑草を抜くのではなく、雑草は生やした時点で負け」との長谷川さんの言葉どおり、『土の中の酸素量を増やす』『苗植え時に深く水を張る』という対策を施すことで雑草が生えにくい環境を再現するのだという。その成否を握るのは、秋の稲刈り後の耕運や育苗の出来。「田植えのときにはすでにやるべきことは終えている」と長谷川さんが話すのはそのためだ。
昨年は5haだった圃場も、今年は15haと急拡大。年契約で米が届く田んぼのオーナー制度も取り入れ、消費者との深いつながりを創出するとともに安定した収益も確保できるようになった。米づくりは現在、長谷川さんを含めた2人のスタッフで行うが、売上はより多くのスタッフが関わる野菜部門の数倍にもなるという。
「おかげさまで大口の契約も得られたんです。米がちゃんと売れればようやく来期、収益化の目処が立つ」と長谷川さんは安堵の表情を浮かべた。
長谷川さんの目標は、自然栽培の存在を世に広めることにある。にちにち好日では栽培技術を体系化し、新規就農者の受け入れを通じて生産農家を増やす取り組みを続けているが、実は長谷川さんにはさらに大胆な構想がある。それは「既存農家の自然栽培農家へのリプレイス」である。
「自然栽培に興味を持っている慣行農家は潜在的には多いと思うんです。二の足を踏んでいるのは出口がないから。僕たちが販路をしっかり作って、生産した米を買い取る仕組みが整えばそこはクリアできる。ひとたび成功事例が広まれば、一気に100haや200haだって見えてくるはずです」
自然栽培を通じた自然中心の持続可能な物事の捉え方は、「いまだけ金だけ自分だけ」という思想の対極といえる。本当の豊かさとは何か。安心・安全な美味しさとともに、長谷川さんはそんな未来への提言を私たちに届けている。
■にちにち好日
住所/石川県加賀市小塩辻町ネ5
公式サイト https://nichinichikojitsu.com/