【農援ラボ|きよし農園】「金沢ゆず」「ヘタ紫なす」祖父から受け継いだ農作物の魅力を広める若き挑戦者
2024年11月19日(火) | テーマ/エトセトラ
金沢の奥座敷・湯涌(ゆわく)温泉へと続く湯涌街道を途中で逸れ、浅野川に架かる小さな橋を渡り農道を進むと、しばらくして目指す「きよし農園」の畑が姿を現した。ちょうど収穫時期を迎えていたのは加賀野菜のヘタ紫なす。ふくよかに実ったなすが、のどかな里山の風景によく似合う。
「仕事がお休みの日によく畑仕事を手伝っていたんです。農業に興味があったというより、祖父母と過ごす畑の時間が何よりの癒やしで、好きだったんですよね」
当時を思い出すように周囲を見回しながら多田礼奈さんはそう教えてくれた。多田さんは、2016年に若干23歳できよし農園を立ち上げた若き代表だ。「きよし」とは祖父である清さんの名から拝借したもの。多田さんが祖父から農園を引き継ぎ、きよし農園として新たな門出を迎えた翌月、病床に臥していた清さんは安らかに息を引き取った。
「生前に冗談交じりで『農家を引き継いでくれんか?』と祖父に言われたとき、私、二つ返事で『やる』って答えたんです。農業に対して興味を持ち始めていたし、何より祖父が守ってきたものがなくなってしまうのはもったいないと思ったんです」
苦労を案じた家族の声を隅に追いやり、思い切って足を踏み入れた農業の世界。しかし現実はそう甘くはない。祖父はヘタ紫なすのほか、金沢ゆずとしろねぎを栽培していたが、栽培に関する引き継ぎは一切できていなかったのだ。残された祖母と途方にくれつつも、多田さんは周囲の助けを借りて「試練の1年目」をなんとか乗り切った。
しかし、生産以上に頭を悩ませたのが売り先だった。「馴染みのない野菜は買ってもらえない」と多田さん。加賀野菜であるヘタ紫なすは、まさにその典型だ。従来、地元の日本料理店で漬物などにして供されてきたヘタ紫なすは、一方で一般家庭で利用されることは少なかった。そのため市場の人から「需要のないヘタ紫なすは作らなくていい」とまで言われてしまったのだ。
「私にとって、子どもの頃からなすといえばヘタ紫なす。普通のなすのようにいろんな調理法に合うことも、何より美味しさに勝ることも知っていました。やるなと言われたらやりたくなる。逆に絶対にヘタ紫なすを作ってやろうと思いましたよ」
“ハードモード”を自ら選んだ多田さんは、「需要が少ないのは知られていないから」と、生産の傍らでその打開策を考えた。畑でヘタ紫なすを味わう一夜限りの「夕焼けレストラン」は、そうしたアイデアを具現化した独創的なイベントのひとつ。地域メディアを中心に話題となったことで、一般消費者のみならず料理人の間でも認知されるようになり、新規の取引先を得るきっかけともなった。
コロナ禍を除き2017年から継続開催している「金沢ゆず香るん祭り」も多田さんの発案だ。多田さんが就農する以前から、浅川地区のある湯涌街道は“ゆず街道”とも呼ばれ、現在でも18軒のゆず農家が集まっている。しかし生産や加工に追われて販路開拓にまでなかなか手が回らず、金沢ゆずのPRも十分とはいえない状況だった。
そこで多田さんは地域のゆず農家を説得し、イベントの開催を志願。反対意見が多数を占めるなか、「金沢ゆずを広めたい」という初志を貫き、イベントコーディネーターに助言を請いながらどうにか開催にこぎつけた。集客力のある出店者に声をかけ、金沢ゆずを使った商品を開発してもらうなど、手作りながらも工夫を凝らした新たな祭りは予想を上回る盛況に。メディアの力も借りることで、金沢ゆずの存在は多くの人に知れ渡った。
「お祭りが盛り上がっただけじゃなくて、ヘタ紫なすのときと同じで金沢ゆずの取引先が一気に広がったのもよかった」と多田さん。さらに思わぬ副産物もあったという。
「金沢ゆずの歴史を調べるなかで、浅川地区にゆずを広めた人物が祖父だったと知ったんです。寡黙な人だったので、私は何も聞かされてなくて。『ゆずに一生懸命やな』くらいにずっと思っていたんですけどね」
前例のないこと、経験のないことを盾にせず、やると決めたらやり抜く。そんな多田さんの性格を見抜き、祖父は自身の後継に指名したのかもしれない。
2022年には畑のほど近くに店舗兼加工場の「Siii(シー)」をオープン。地域の農家が生産する果樹の加工も受け入れることで、加工を身近に感じてもらい、廃棄ロスを有効活用した新たな収益源創出の機会となることを期待する。
「農作物の価値を高めて、その魅力をもっと広めたいというのが私の最終目標。その出口に対する入り口を広くしておきたいという思いからSiiiをつくったんです。地域農家の農作物や、その加工品を取り扱うことで、道の駅のように地域の農家と消費者とをつなぐ接点になればいいなと思います」
仕事一辺倒だった多田さんも、現在は一児の母。子育てとの両立という新たな悩みの種に、「悩むだけの時間ができたということかな」と多田さんは自ら言い聞かす。目の前の課題をひとつひとつクリアすることで築き上げた現在地。新たな課題を乗り越えた先には、あるべき形となったきよし農園が待っているはずだ。
■きよし農園
住所/金沢市東荒屋町イ125
公式サイト https://kiyoshinouen.jp/