【農援ラボ|金沢ちはらファーム】本物の美味しさを追求するブルーベリー栽培で、発達障がい者の未来を繋ぐ
2024年8月26日(月) | テーマ/エトセトラ
金沢の奥座敷として知られる湯涌温泉。この山里の秘湯へと続く湯涌街道沿いに、はためく紫色ののぼりとタープテントが目に入る。
「さあひとつ試食してごらんなさい。うちのブルーベリーは本当に美味しいんだ。小さいパックは100gで600円。丁寧に詰めている分、ちょっと高い。こっちはザラザラっと入れた大袋。500gで2000円とお得だよ。食べきれないって? 冷凍保存できるから大丈夫。1年は保つからね」
立て板に水のごとくセールストークを繰るのは、金沢ちはらファーム代表の前田泰一(やすかず)さん。「平日は本業が忙しくてね。奥にある農園は妻に任せて、私は収穫期の毎週末にここで直売しているんだ」。接客を終えた前田さんは、そう話しながらパイプ椅子にもたれかかった。
前田さんは医薬品販売会社の経営者であり、また「 NPO法人アスペの会石川」の副代表としての顔も持つ。金沢ちはらファームはそのふたつの経歴から生まれたものだ。
息子さんが発達障がいのひとつであるアスペルガー症候群と診断されたことがきっかけで「アスペの会」に携わるようになった前田さん。発達障がい者の就労環境の厳しさを知り、彼らが働くことのできる場所を作ろうと思い至った。
発達障がいを抱える人にとって、最も苦労するのが対人関係だ。働く場所を作るのであれば農業のような自然が相手となるものが望ましい。農業とすれば、では何を育てようか……。そこで着想したのがブルーベリーだった。自社でブルーベリーを用いたサプリメントを研究・開発した経験から、前田さんはかねてブルーベリーの可能性を高く評価していたのだ。
縁あってたどり着いた湯涌街道は、ゆず街道とも呼ばれるゆずの産地。ブルーベリーの生育に適しているかは未知数だったが、前田さんにはある秘策があった。それは「バッグカルチャーシステム」という鉢植え式のブルーベリー養液栽培システムだ。
特殊な培地を利用した鉢に専用管を通し、水や肥料の供給量をコンピューターで一元管理することで理想的な栽培環境を実現するこのシステム。導入の最大のメリットは、技術や環境に左右されずに高品質なブルーベリーの安定収穫が可能なこと。苗木を植えてから収穫できるようになるまでは4〜5年。時間はかかるが、その間に栽培技術を向上させればよいと腹をくくった。こうして2012年、ゆず街道に2000坪・1200本のブルーベリー農園が生まれたのだった。
「ブルーベリーと一括りに言いますが、実際は数百種もあるんです」と前田さん。金沢ちはらファームでは約20種を栽培するが、それらは「ハイブッシュ系」と「ラビットアイ系」の2つに大別されるという。
「ハイブッシュは粒が大きくてすっきりとした風味。ラビットアイは粒は小さいが甘みが強い。うちのは糖度が20度を超えますからね。毎年8月にはラビットアイの摘み取り体験もやっています。ブルーベリーは追熟できないので、完熟度合いを見極めながら一粒ずつ手摘みで収穫するんですよ」
美味しさの秘密は立地にあった。平野部よりも寒暖差が大きい中山間地の気候が偶然にもブルーベリー栽培に適していたのだ。事実、同システムを導入している他地域の農園と比べてもラビットアイの糖度は突出していて、いまではシステムを販売する商社が、見学希望者に対して前田さんの農園を紹介するほどだそうだ。
しかしもとは発達障がい者が働ける場として生まれたこの農園。その社会的意義を考えれば、そこまで品質にこだわる必要性もないのでは? そんな穿った質問に対し、「それは違う」と前田さんは否定した。
「正直なところ、当初は農業を甘くみていた部分があったんです。でも数年やって『これはいかん』と思い直した。障がい者を雇用している『のに』じゃなくて、障がい者を雇用している『からこそ』いいものを作らなければならない。いまは障がい者雇用は1名ですが、きちんとしたものを作って利益を出せばさらに雇用が可能になりますからね」
生のブルーベリー販売は収穫時期の6月下旬から9月上旬まで。通年で売上を立てるには、魅力的な加工品の開発や売り方の工夫が重要になる。例えばブルーベリージャム。特徴の異なるハイブッシュとラビットアイとで商品を分け、食べ比べによる高付加価値化を図ったのはご夫人のアイデア。ブルーベリージュースやノンアルコールビールなどの商品も、腕の確かな加工業者に依頼をし、何度も試作を重ねたうえで完成した自信作だ。
「お客さんにリピーターになってもらうには多少値が張っても本物を作らないとだめ。安易に安さを求めると結局それなりのものしか残らない。企業の永続性、ましてや発達障がいの人を抱えたうえでの永続性というものを考えればなおさら、そこを譲ってはいけないと思います」
より収益を上げるためには全体の収量の底上げも欠かせない。剪定技術の未熟さなどの課題も、「まだ改善の余地があるということ」と前田さんは前向きだ。1本の成木が果実を実らせる期間は約20年。その間にどれだけの収穫を可能にするか。テクノロジーと人の手をかけあわせ、最適解への模索は続く。
金沢ちはらファーム
住所/石川県金沢市茅原町イ114 117
電話番号/076-291-9683
公式サイト http://chihara-farm.com/