【農援ラボ|森田農園】元技術者の知見を生かし、トマトの水耕栽培のスマート農業化を先駆けて実践
2024年6月27日(木) | テーマ/エトセトラ
富山県下屈指の米どころとして知られる砺波平野。その只中に建つ森田農園のハウスから聞こえてくるのは農作業音、ではなく優雅なモーツァルトの旋律。クラシック音楽がタンパク質に働きかける影響を説いた深川洋一氏の著書『タンパク質の音楽』に倣い、かれこれ二十数年前から継続しているらしい。
代表の森田一秋さんは代々続く米農家の生まれ。幼少期から米づくりの手伝いに駆り出されてきたが、家業を継ぐには致命的な問題を抱えていた。泥だらけになる米づくりが好きではなかったのだ。結局森田さんは農家の道を外れ、電気関係の仕事に邁進。30代に差し掛かり、「そろそろ独立でも」と考えていた矢先に偶然雑誌で見かけたのが、トマトの水耕栽培に関する記事だった。
「頭の片隅では家業をどうしようかとずっと考えていて、水耕栽培なら泥だらけにならずに農業ができるとひらめいたんです」
やると決めたら話は早い。会社を辞めた翌日にハウスの建設を始め、1994年に森田農園を設立。現在6棟あるハウスのうち5棟に設置された水耕システムは、最初に購入した1台を真似て作った自作だというから恐れ入る。ちなみに農園のある高岡市の今泉地区は、県下で初めて電熱を利用した施設トマト栽培に成功した地。当時は知る由もなかったが、後にその事実を知った森田さんは運命にも似た感動を覚えたそうだ。
土耕で発生する連作障害(同じ場所で同じ作物を繰り返し栽培することで病気になったり生育不良になったりする現象)の心配がないのも水耕の利点だ。また液体肥料(養液)に根を浸す際、その濃度や水量の調整することで成長のコントロールもできる。例えば糖度の高いトマトをつくりたいのであれば、水量を減らす。するとトマトの木はストレスを感じて糖や養分が凝縮した果実を実らせるのだ。
「土耕では土壌が水や肥料の緩衝材の役割を果たすため、ゆっくりと効果があらわれます。一方で水耕の場合はダイレクトに根に働きかけますから、手を加えた結果がよりわかりやすく出るといえます」
ただ水耕はその制御が難しい。うまくいけば収量も多く、味もよくなるが、ひとたび失敗するとしおれたり細くなったりして収量や味の低下を招いてしまう。それにハウスといえども自然環境に左右される部分は大きく、そうした環境要因が生育に与える影響は可視化しにくいものがあった。
そんな折に森田さんが出合ったのがスマート農業だ。自身が地域のトマト農家と立ち上げた研究会で講師を招いたことがきっかけで、2011年に環境制御の機器を導入。ハウス内の温度や湿度、CO2濃度、照度などを計測し、インターネット経由で遠隔でデータをモニタリングしたり、自動で生育環境を最適化したりすることが可能になった。
導入前は「触りを知るくらい」だったという森田さん。しかしそこは論より証拠。例えば「植物は光合成により二酸化炭素を吸収し、酸素を放出する」という現象も、表示される折れ線グラフを見れば一目瞭然。時間の経過とともに目減りしていくハウス内のCO2濃度を目の当たりにして、「これは(スマート農業を)学ぶ必要があるな」と森田さんは直観したという。
中でも森田さんが「3割くらいの増収になった」と顔をほころばせるのが夏場の冷却システム。一般的に8月に咲いたトマトの花は暑さと乾燥で落花してしまい、受粉が難しい。そこでミストを噴霧して湿度を上げつつ温度を下げる細霧冷房を導入。ミストを自動制御することで受粉・結実させることに成功したのだ。
計3000㎡の農地で収穫されるトマトは年間約30t。そのおよそ4割のトマトはハウスに隣接する自営の直売所で販売される。今では森田さんはそちらに多くの時間を割き、栽培は若いスタッフひとりに任せているが、そこまで省人化できるのもスマート農業だからこそ。言わずもがな、5棟分の制御機器は自作でまかなった。
森田さんは馬力から発動機付きの耕運機へと移り変わった農耕の歴史になぞらえて、現在を「既存の農業からスマート農業へと変わる転換期」だと説明する。
「さまざまなデータを取得することはできても、結局は使い手がそのデータをうまくハウス栽培に活用できなければ意味がない。スマート農業の利便性と既存の農業のやり方を変える苦労を秤にかけると、俺は“馬”でいいやという方がまだいるんやわ」
では“発動機付きの耕運機“を使いこなす森田さんの次なる展望は? 改めて水を向けると、「もう年なんでね、これくらいでいいかな」とニヤリ。その言葉とは裏腹にどこかで期待してしまうのは、探究心に富んだこれまでの森田さんの歩みを知れば無理もないことだろう。
■森田農園
住所/富山県高岡市今泉223
公式サイト*https://moriy.toyama.jp/farm.html
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