【能登紀行】奥能登の農耕儀礼「アエノコト」-田の神送り
2023年3月11日(土) | テーマ/能登紀行
〈 この連載・企画は… 〉
石川県能登在住の編集者が能登半島の気になる場所に行き、まだまだ知られていないその土地や人の暮らしに触れ、紀行文として紹介します。今回は能登町で行われた神事「アエノコト」に参加してきました。
奥能登に伝わる「アエノコト」とは
石川県の能登半島の中でも北に位置する奥能登地域には、「アエノコト」と呼ばれる古くから伝承されてきた行事がある。これは田の神様へ、自然の恵みへの感謝と畏敬の念を示すためのもので、アエノコトの“アエ”は田の神様をご馳走などでもてなすこと、“コト”は神様にお仕えする祭事を意味する。
12月5日に「田の神様」を家に招き入れ、無事の収穫へ感謝をあらわす。迎え入れた田の神様は、種籾(たねもみ)の中で休まれて年を越し、春を迎える。2月9日は新年の耕作に向けて五穀豊穣を祈り、田の神様を送り出す”田の神送り”が行われる。
アエノコトは、本来、各家で行われ一般向けには公開されていないが、後世に広く伝えるべく、30数年前から能登町の『やなぎだ植物公園』で毎年一般向けの実演が行われるようになった。
田の神様のお迎え
田の神送りは、俵で休んでいる田の神様に声をかけ、春の到来を知らせることから始まる。田の神様は、家庭によって異なるが多くは夫婦神とされる。
その後、田の神様の依代(よりしろ)となる榊を手に、神様を風呂へと案内する。
この時「敷居がございます」「玄関の段がございます」など、声をかけ注意を促しながら案内するのだが、それは田の神様は目が見えないとされているため。田の神様がその場にいるように振る舞いもてなすのがアエノコトの大きな特徴だ。その後、湯加減を神様に尋ね、体が温まった頃合いを見計らって食事へと案内する。
春の食事は、鱈汁や鱈の子つけ(刺身)、鱈の子をまぶした紅白なますなど、旬の鱈を用いた料理が並ぶ。炒った鱈の子はお米の花や籾を連想させ、収穫への期待が込められており、料理にも意味がある。また、旧正月であることから、お供えに鏡餅と鍬形餅も加わる。
『やなぎだ植物公園』でアエノコトの実演を行うのは中正道さん。息子の道紀さんによると多様化する時代の変化の中で、今日のアエノコトには、昔は手に入らなかった食材がお供えされることがあるそうだ。「アエノコトには、田の神様に対して感謝や願いを伝え、季節やいわれに沿った料理を用意するのが大切だと感じています」。継承していく中で、いわれが定かではないものがもあることを残念そうに話してくれた。
田の神様が料理を十分に召し上がったころ、今年も無事に耕作ができるようお願いし、神様を送り出す。田の神迎えの際には「苗代田(苗を作る田んぼ)」から神様を迎え入れたが、この時期はまだ雪が残っているため、「ニワ」と呼ばれる農家の大玄関に送り出す。ニワは、縄を編んだり精米をしたりする農家の作業場だ。
神様は雪が溶けた頃を見計らい、田に出ると伝わる。近隣の地域では、ひと月遅れの3月9日に“田の神送り”をする場所もあれば、田の雪を掘り起こし早い時期に行うところもあるそうだ。
今も能登で継承される「アエノコト」。調べてみると、「アエノコト」の目的は田の神様をもてなすことだが、儀礼後に“その料理を子どもたちにお腹一杯食べさせる”という役割もあったようだ。
田の神に捧げるという理由で、普段質素に暮らす家族にふるまいたいといった先人の願いが「アエノコト」には込められている。過疎化や食事の多様化に伴い、その姿は変化もしているが、実際に体験してみると、守り伝えることの大切さが改めて感じられた。
写真提供:中道紀
- 住所
石川県鳳珠郡能登町上町ロ1-1
- 電話番号
0768-76-1680
- 開催期間
田の神迎え:毎年12月5日、田の神送り:毎年2月9日
- 駐車場
あり(やなぎだ植物公園内)
- 公式サイト